漆黒の花嫁 - リラの恋人 -
リリーを抱えて、元居た場所まで戻ったあたしを見て、アードさんは少しだけ驚いたような表情を見せてた。
けれど、
何も言わなかった。
あたしはいつものように、リリーをゆっくり爪弾く。
合わせるように声を喉から溢れさせると、空間が密閉されたような感覚がした。
アードさんを見ると、昨日のように、あたしの歌を目を伏せて聴いてくれてる。
ジアリーヌ姫の事を想ってる。
ロゥさんとの三人の旅の間、アードさんは一度もお酒を口にしなかったのに。
‥どんな想いで用意したんだろう。
その気持ちを思うと、複雑だった。
今夜は、ジアリーヌ姫とミッド王子が夫婦と認められてから、一緒に夜を過ごせるようになった一夜目。
きっと、眠れない夜を過ごす事になるだろうって、そう思ったんだろうか。
そんな余計な考えが歌を邪魔する。
考えないようにすればするほど、喉の奥が痛んだ。
‥やだ。
こんなんじゃ、癒すどころじゃないじゃない。
またコルアに、『こんなの"リラ"には程遠い』みたいな事言われちゃうよ。
だけど、
アードさんに元気を分けたくてリリーを手に取ったはずなのに、
アードさんにあたしがしてあげられる事は、こうして歌ってあげる事しかないって分かってるのに、
今夜だけは本当に辛かった。
‥辛い。
―‥ンン...。
余韻を残して、リリーの音が洞窟に吸い込まれていった。
こんなに響く場所で歌うのがどんなに気持ちいいのか、あたしは知ってる。
なのに、ちっとも楽しくなかった。
哀しくて哀しくて仕方なかった。
本当に、リラとして失格だよ‥あたし。