漆黒の花嫁 - リラの恋人 -



急にめいいっぱい動いてしまったあたしは、その途端。身体の奥からくる痛みに襲われた。


「‥痛‥ッ」


そして、思わずそう洩らしてしまった自分のセリフに、一気に赤面する。


こうして大きな動きをすると、思い出したようにまだ痛む。

アードさんの"お姫様抱っこ"を断らなかったのも、これが理由だったりする。


‥さっき無理に全力で走ったせいかも。


固まったままのあたしに、アードさんの声が掛けられる。


「どこか痛むの?」

「だッ!‥い、丈夫です。」


心底心配そうなアードさんの声にかぶるような勢いで切り返すと、あまりの動揺からか、変な発音になってしまった。


そんなあたしに気づいてるのかいないのか、アードさんは「そう‥」と短い言葉を返して、変わらぬ速度で足を進める。

その横顔を横目で確認しようとして視線を向けると、前だけ見てると思ってたアードさんの視線と目が合った。

しかも。

少しだけ目元が笑っているような気がする。


「意外に足が速いね。あまりにがむしゃらに走って行くから、後ろから追っている間も君の体が心配だったよ」

「‥‥っ!!?」


その言葉の意味が何となく分かって、ギョッとアードさんを見上げ、まじまじと彼を見つめた。


‥まっ、まさか、あたしが初めてだったって気付かれてる?


その考えに至り、一瞬焦った。

けれど、よくよく考えてみれば、初めてだったからと言ってあたしまで漆黒の一族の呪いの対象となっているとまでは分からない筈だと考え直す。

那智という恋人がいたって事は彼も知ってるけど、居たから経験済みとは限らないし、未体験へと戻ってしまったあたしの身体の不思議に、こんな事で気付かれる筈がない。


そこまで考え、あたしは心の中で安堵の溜め息を吐き出した。

彼はというと、何でもないような涼しげな顔をして歩を進めている。

横目で何気無くジッと見上げていると、その視線が一瞬こちらをチラリと見て意味あり気に微かに笑った。


「‥!」


その笑みで、心配していると彼が言ったのは、あたしをからかう為なんだと分かった。

赤面した顔が更に沸騰したかのように熱くなる。

そんなあたしを見て、彼が唇を可笑しそうに持ち上げた。

それを、信じられない思いで見上げる。


‥あたしが昨日の事を思い出して、恥ずかしがるって分かっててワザと言ったんだ‥!



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