漆黒の花嫁 - リラの恋人 -
「その娘は気軽に手を出して良い相手ではない。
アードルニアッシュ・シャンテ・ガラルディア」
「――きゃぁぁッ!?」
唐突に現れた声。
その声がする少し前に、ピクリとあたしの首筋から顔を上げていたアードさんは、その人物が現れる事は分かっていたらしい。
けれど、唐突過ぎる訪問者に、あたしは死ぬほど驚いた。
な。
‥‥何?誰がいるの??
――アードルニアッシュ?
随分と長い呪文のような言葉の中に、聞いた覚えのある単語が混じってる。
それに反応したアードさん。
もしかして、
アードさんの事?
見上げたあたしに、アードさんがソッと毛布をかけてくれた。
――アードさん‥‥
女性になら誰にでもするかのような、彼にとっては当たり前なそんな行動。
なのに、
あたしはキュンとなる。
ビックリしてバクバク音をたてていた心臓が少しずつ静まる。
さっきまで怖い想いをさせられていた相手なのに、本当に自分でも不思議だった。
アードさんがベッドから離れ、油断ない仕草で立ち上がる。
「女と男が抱き合う部屋に何の躊躇いもなく入って来るとは、相変わらずだな‥ジェダ?」
「忠告をしに来ただけだ。
‥その娘に」
ランプの届かない部屋の隅から、一歩、その声の人物が現れた。
息を飲む。
――魔性の美。
そんな表現が似合う。
男が、
あたしをどこか
懐かしむような瞳で見ていた。
「高嶋朱里‥どうやらお前を喚(ヨ)んでしまったのは儂(ワシ)のようだ。
どうか許して欲しい」
さっきよりも近くで聞く、
聞き覚えのある声。
それは、
この世界に来る前。
まどろみの中で聴いた、
あの、
哀しい歌声の持ち主だった。