シンデレラを捕まえて
梅雨の長雨がようやく落ち着いた、夏の日差しを思わせる暑い昼下がり。
私は食料品の買い出しの為に外出していた。

マーケットで支払いをしながら、私はふっと息を吐いた。
いくら貯金があるといっても、徒に浪費するわけにもいかない。

それに、アパートに閉じこもっていてばかりじゃ精神的にもよくない。新しい環境に身を置いて、心機一転を図るべきだと思う。

だって、一人でいたら同じことばかりを繰り返し思い出してしまう。


「はあ……わたしって、最低女……」


ネギにタマゴ、食パンの入ったビニール袋を片手に、私は情けない独り言を洩らした。

送別会の夜から、二十日ほどが過ぎた。

悪夢のような夜はすっかり遠くなり、平穏な無職生活が続いている。
比呂からも、ボンヌのスタッフからも(退職手続きの件で経理から一度電話があったが)連絡はない。全てあの夜で終わったということだ。

私のボンヌでの数年間は何だったのだろうと思うと、寂しくもある。
薄っぺらな関係しか築けなかったというのは、悲しい。

けれど、だらだらと関係を引きずらなくて済んだことを良しとしよう、と最近では思えるようになった。

比呂のことは……、これは、何と言えばいいのだろう。
あの晩、あんなにショックを受けたというのに、世界が終ったような錯覚すら覚えたというのに、比呂を失った傷は私を長く苦しめなかった。
一年も生活の中心に置いていた人が突如消えたという喪失感はあったけれど、数日もすれば消えた。

私はもしかしたら薄情な女なのかもしれない。
しかし、思い返せば、後から考えれば、私と付き合っている間の比呂にはおかしいところが沢山あった。
休日にあまり外出したがらず、私の部屋で過ごすことが多かった。
私がエステサロン部と親しくする事を極端に嫌がった。
どこに行っているのか分からない空白の時間が常にあった。

そして。

体を重ねた後、慌ただしく帰って行くことはいつものことだった。
私はいつだって、冷えていく体にシーツを纏わりつけて、『まだ行かないで』という言葉を飲み込んで手を振った。
躰の奥に燻る感覚だけが、比呂が私に置いて行く名残だったけれど、そんなものは虚しさを増幅させていくだけだった。

けれど、私は比呂に言葉を吐きだせることはないままだった。縋って、拒否されるのが怖くて、言う勇気が出なかった。

付き合っているというのに、私たちの関係はどこか、距離があったのだ。
だから、数日で傷が回復したのかもしれないとも思う。傷つくには、私は比呂を知らなさすぎたのかもしれない。

それに、もう一つ……。


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