シンデレラを捕まえて
アスファルトが焼けつく街中のビル群にも、蝉の音が響く。連日の猛暑日に嫌気がさす。朝だというのに、歩いているだけでこめかみから汗が流れた。季節は本格的な夏を迎えていた。

毎朝のコーヒーも、水出しのアイスコーヒーに変わった。

社長から、時刻ぎりぎりに出社してくる安達さんまでにコーヒーの支度をして私の仕事が始まる。入社して一ヶ月が過ぎようとしており、随分この会社に慣れてきたと思う。


「たっだいまー」

「おかえりなさい、紗瑛さん」

「外、すごく暑いよー。汗だく。アイスコーヒーある?」


客先から帰ってきた紗瑛さんが、手近な椅子にどさりと座った。適当な書類をうちわ代わりにして仰ぐ。


「ありますよ。ちょっと待っててくださいね」

「ありがとー。あ、そうだ。佐々木工務店さんから連絡無かった?」

「ヘアサロン倉見の壁紙の見積もりが、FAXで届いてます。写真印刷加工代と防水ラミネート加工代について一度話したいって仰ってました。詳しいことはメモに書いてます」

「はーい」


カラカラと音を立てるグラスをトレイに乗せて紗瑛さんに運ぶ。自分のデスクに戻っていた紗瑛さんは既に佐々木工務店さんに連絡を取っている最中だった。FAX用紙を手に話しこんでいる。邪魔にならないようにそっとグラスを置くと、「ありがと」と小さく笑いかけてくれた。
さて、私も自分の仕事の続きをしなくちゃ。キッチンに戻ろうとしていると、ドアが開く気配がした。


「こんにちは」


伸びのよい低い声。
びくりとして振り返れば、そこには穂波くんが立っていた。

あの晩以来、会うことは無かった。何度か携帯に電話がかかって来たけれど、私はそれに出なかった。会社に何度か仕事の件で電話があったけれど、幸いにもそれは全て他の人が出て、私と話すことはなかった。

『お互い、少し頭を冷やしたほうがいい』

あのメッセージは、穂波くんにちゃんと伝わっただろうか。穂波くんは、もう気付いてしまったかな。私本人には、固執させるものはないって。
ばちんと視線が合う。穂波くんはすいっと視線を外して、書類を作成していた玉名さんに声をかけた。


「社長、いらっしゃいます?」

「おお、宮田くん。久しぶりー。高梨さん、呼んできてあげて」


はい、と答える間もなく、社長室からひょっこりと顔がのぞく。


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