ウェディングドレスと6月の雨
 すると背後から声を掛けられた。


「ねえ、君」
「はい」
「成瀬さんだっけ」
「はい。総務部総務課の成瀬弥生です。えっと広報の高田さんですよね?」
「ああ」


 広報室の高田さんだった。年の頃は20代後半、細身のスーツの男性。高田さんはチラッとエレベーターホールを見やる。穂積さんや他のメンバーが到着を待っていて。


「関わらないほうがいいよ、あいつ」
「穂積さんのことですか?」
「ああ。あいつ、同期なんだけどさ……」


 今度は鼻から息を吐く、意味ありげに。そして私の耳元に顔を近づけた。


「穂積、本社の人と不倫してるらしいから」
「え? 穂積さんって既婚者なの?」
「逆。女が既婚者でさ、今妊娠中。穂積の子どもじゃないかって、専らの噂だよ」
「……」


 私は絶句した。口を半開きにしてポカンとしてたと思う。そんな私を見て広報室の高田さんは眉をピクリとさせた。


「俺が嘘ついてると思ってんの?」
「いえ……初耳で」
「他の奴らに聞いてみるといいよ。本社人事部の神辺さんって人。結構有名な噂だし」
「そうですか……」
「きっとうまいことやってんだぜ、あいつ。じゃなきゃあんな大役、仰せつかる訳ないし等級も上がってるらしいし。そういうことだから、じゃあ」
「お疲れ様でした……」


 穂積さんが不倫? じゃあ、あのワンピースはその“彼女”のための……?


「いいよな、本社人事部にツテのある奴はさ。出世間違いナシだろ?」


 高田さんはエレベーターホールに向かってワザと大きな声で独り言を言った。直後に到着音が通路に響いて、穂積さんに聞こえたかは分からなかった。


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