ウェディングドレスと6月の雨
 会議室を片付けてから私はエレベーターホールに向かう。その途中、私はゴミ箱から紙袋を拾い上げた。

 総務のオフィスに戻る。3階。向かいのビルや公園が見える。日も延びたのか、間もなく18時だというのに外は明るい。


「成瀬さん、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「これ、人事の人から。新入社員の住所と通勤費の精算だって。で、こっちは変更分」
「うわ……」
「でもこっちの書類は片付けといた」
「ありがとうございます」
「それと珈琲メンバーズの会費、300円」


 彼女も臨時企画室の借り出しを経験している。だから苦労が分かるのか、手伝ってくれる。面倒見の良い分、他人ごとに首を突っ込むのも彼女の習性。噂の類の大抵のことは知っている。朝のコーヒー当番を利用して課内の社員と交流してるのもある。「珈琲メンバーズ」というのはオフィスでコーヒーを飲みたい総務部の社員が有志でお金を出し合い、レギュラーコーヒーやペットボトルのアイスコーヒーを買って朝に皆で飲んでいる、というもの。昔は会社の経費で購入していたオフィスコーヒーを経費削減のため数年前から廃止になってできた有志の制度。

 私は鞄からお財布を出して百円玉を3枚手のひらに乗せた。


「先輩、ひとつお伺いしていいですか?」
「なに」
「本社人事の神辺さん、御存知ですか」
「知ってるわよ。穂積さんでしょ?」


 先輩は百円玉を茶色の巾着袋にチャラチャラと入れながら即答した。ということは相当有名らしい。


「穂積孝宣、本社出身、現在うちの支社でナンバーワンの売り上げの持ち主。営業成績はもちろんのこと、入社8年目で等級8。毎年グレードを上げてるのはエリート軍団って言われるけど、彼が人事で甘い汁を吸ってるのは彼女のおかげって。どこまで本当かは分からないけど……」
「けど?」
「2人の逢瀬の目撃情報も多い上に、神辺さん本人がその噂を認めてるって本社の人も言ってたし。彼も入社当時は本社配属だったしね」


 入社8年……29か30歳。そう言えば穂積さんの歳も知らない。今まで接点のない社員だから当たり前だけど。


「神辺さんって既婚者ですか?」
「ええ。学生結婚とかで早かったらしいわよ。穂積さんより4つ上とか。何?」


 先輩は私の顔を覗き込んだ。そしてニヤリと笑う。

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