【完】『道頓堀ディテクティブ』
しかし。

由美子は気にする様子もなく返してきた。

「だけど優香に貧乏な思いはさせられないって言ったの、紳さんだったよね」

紳一郎は言葉に詰まった。

そういえば。

赤貧を洗うがごとく…とも書かれた、島紳一郎の生い立ちというのを、予備調査の際に穆は資料で読んだことがあった。

「…あなたがどれだけお金で苦労して今の地位になったのかを、私は知ってるから」

だから決めたの、と言い、

「私はどんなことをしてでも、紳さんに後ろ指をささせないって」

「…そうか」

「でもね、紳さんがこんなことを嫌ってるのも、私は知ってたから」

だから言えなかったらしい。

「別にこれが原因で離婚したって、ひどい目に遭ったって、何も後悔はしないけど」

最低な女だよね私…というと、由美子は襖に手をかけた。

が。

「…ごめん、甲斐性がないばっかりに…おれが悪かったんだな」

肩に手を回すと再び座らせた。

見届けた穆は、

「…じゃ、俺はこれで」

「えっ?」

「立ち会い人としてはミッション完了ですから」

笑いながら穆が答えると、まりあと二人で小座敷を出た。

あとは夫婦の話になるであろう。

長廊下をまた渡った。

「…あ」

いつの間にか、霧雨が降り始めている。

「穆さん…鰻、食べ損なっちゃいましたね」

まりあが言った。

「分かったって…何かおごるがな」

「じゃあ…焼肉!」

「安上がりな女やな」

「そんなこと言ってると、特上カルビ頼んじゃいますよ」

「えっらい金かかる女やなぁ」

「…どっちなんですか」

「そんなん、どっちゃもほんまの話やないか」

そういいながら、道修町の三越の角を北浜へ向けて歩き始めたのであった。



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