【完】『道頓堀ディテクティブ』
指定された場所は、高麗橋から少し歩いた三越の裏手の、糸屋格子が綺麗な町家づくりの鰻屋である。
「…さながら料亭やないか」
さすがに日本代表となると豪儀やなぁ、と穆はもらした。
まりあも無論、はじめての店である。
「これは大の字ではアカンはずや」
よう人を見とるで、というと穆は格子戸を開けた。
仲居に通された町家ならではの、坪庭のある長廊下を渡ると、奥まった離れの二階の茶室ほどの小座敷に着いた。
「お連れ様が来はりました」
襖が開いた。
紳一郎と由美子が、卓を挟んで座っている。
「あ、こちらが前に話した知り合いの久保谷さん。彼女はアシスタントの有馬さん」
どうやら紳一郎は由美子に探偵であることを話してはいないようであった。
「まぁこちらに」
紳一郎が促して座らせた。
「今日は急にすんませんねぇ」
紳一郎は気さくな物言いをすると向き直って、
「おれは頭が悪いから単刀直入に訊くけど」
といって、穆が撮ってきた例の写真を由美子に見せた。
「そう…」
由美子はチラリと、目線を投げた。
「普通の男だったら浮気だと思うだろうが、きっと由美子には理由がある…とおれは思う」
そのために久保谷さんには立ち会い人として来てもらった、と紳一郎は言った。
「そういう込み入ったことなら席を外しますって」
穆が立とうとした。
が。
「…そのままで結構です」
うつむいていた由美子が、髪を振り気味に言った。
「…紳さんからさ、サッカーがなくなったら何になると思う?」
紳一郎は瞬時には答えられなかった。
「どんなにスゴいストライカーでも、ヒーローでも、スポットライトを浴びなくなったら、ただの人なんだよね」
まだ優香は幼稚園だし、と由美子は言った。
どうやら娘の名前らしい。
「でも貯金があるだろ」
紳一郎は反駁した。