真夜中の猫
孤独な猫達

春の別れ

早春の朝、駅のホームで大学生達がギターを鳴らし、歌っているのが聞こえた。
旅立つ友達へのメッセージソングのようなものだった。
寛美は息を切らし階段を駆け上がると、人垣の中に大きなカバンを手にした亮の姿を見つけた。
(間に合った…。)
寛美は高鳴る鼓動のなかでほっと一息つき、人混みの合間から亮の様子を見ていた。
あたりは優しい日の光が差し込み、春とはいえまだ空気は清らかに冷たく、あたりには祝福と悲しみが漂っていた。
両親に見送られ別れを惜しんでいる家族もいれば、手をつないでいるカップルもいる。
亮のほうはといえば男ばかりでふざけあい、まるで小学生の様だった。
ただ、見送る人の多さが亮の人柄をうかがわせた。
男達の友情の輪の中には決して入れない神聖な気配がした。
ましてや、彼女ではなくなった女の出る幕ではなかった。
それでも時々見える亮の笑顔を見るたびに、寛美は飛び出して行きたくてたまらなかった。
どうしても伝えたいことがあった。
いくら離れ離れになっても、それで亮が別れを選んでも、寛美の想いは変わらないと。
彼女じゃなくてもいい、友達としてでもいいから、亮の新しい生活の中にいさせて欲しかった。
ちょうどそんな曲のCDを持っていた。
気持ちを伝えるのが下手な寛美はそのCDを亮に渡しに来た。
迷惑と思われても仕方ない。
こうしなければ気持ちに区切りがつけられなかった。

亮と過ごしたこの1年は寛美にとっては大きな意味のある1年だった。
寛美に近づいて来る男はいたが恋をしたのは亮だけだった。
付き合い出してすぐ、寛美の誕生日がきた。
亮はハートがクルクル回る可愛いゴールドのリングをくれた。
夏にはお互い友達を連れて海に行った。
車がオーバーヒートしてさんざんだった。
毎週のように会い、みんなで行ったカラオケで突然キスされてドキドキした。
亮に誘われ寮を抜け出したりすることもあった。
前の彼女への嫉妬で突然自転車でおしかけたこともあった。
亮の気持ちが離れて行くのが怖かった。
冬には綺麗なイルミネーションを見に行って露店でシルバーのブレスレットを買ってくれた。
2人はとても仲がよく、一緒にいていつも楽しかったし幸せだった。
激しい恋というよりも、のんびりとした雰囲気が心地よかった。
いつか2人で縁側に座ってお茶でものみながら、そばに猫が昼寝してたりするのをよく想像していた。
お互いの進路が決まり出した頃、亮から大阪に行くことを告げられた。
考えもしなかった。亮のいない世界なんて。
それでもなんとかなるなんて現実から目を逸らしていたら、出発の3日前に亮に呼び出された。
2人でデートして歩いた遊歩道の歩道橋で別れを告げられた。
寛美は泣き崩れた。いやだとすがってもダメだった。雨の中、亮は走り出し2人は終わった。
初めての恋だった。
何もかもが初めてで、毎日が新鮮で、いつも亮のことばかりで埋め尽くされていた。
なのに、突然終わりを迎えた。
思い返すたびに涙がこぼた。
しかし、旅立つ亮の辛い気持ちも寛美は分かっていた。
だから友達として、この1年を過ごした仲間として、どうしても見送りに来たかった。
だが、実際にきてみると足が前に進まなかった。
寛美の居場所はそこにはなかった。
ただただ立ち尽くし、亮の笑顔をみて出逢った頃を思い出した。
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