真夜中の猫

おじちゃん

それから亮と寛美は子供達のスイミングの間にちょくちょく会うようになった。
土曜日が近づくと今週の予定を聞きあったりした。
会ってもほんの2,30分、話しをするだけだった。
ほとんどが昔話だった。
大阪で迷子になったのは亮の説明が悪かったとか、猫のさやかを川沿いに散歩に連れて行った時の話など、話題は尽きなかった。
でもどの話も全て過去の事で、話したあとはお互いにため息をついていた。
2人は示し合わせたように今の話をしなかった。
そしてその先にある未来の話も出来なかった。
そして2人の別れについてもふれなかった。
久しぶりにあった同級生のように、どこかよそよそしく話しこんだ。
話しが尽きる頃、亮が思いも掛けないことを言い出した。
「スイミング見に行っていい?俺も小さい頃してたんだよな。」
寛美は驚いた。が、断る理由もなかったし、見てもらいたい気もして、一緒に階段を登り観覧席に戻った。
「あの前から2番目が鈴。後ろの方でふざけてるのが航。」
「ちゃんと泳いでるじゃん。」
「もうやり始めて長いもん。」
「寛美は泳げたっけ?」
亮が意地の悪い顔で寛美を見た。
「私はいいの。」
話していると鈴が顔をあげ手をふった。
すぐに寛美もふりかえした。鈴は亮の方を指差し顔をかしげた。そして航にも何か話しかけていた。
「もうすぐ終わるけど仕事大丈夫?」
「うん。2人に会って行こうかな。」
寛美はまた驚いた。
亮が子供の相手をするところが全く想像できなかった。子供の前でどんな顔をするんだろう。少し楽しみだった。
鈴と航が着替えてあがってきた。
「ママ~、航がふざける!」
姉は弟のおふざけに参っていた。
靴をはきながら鈴は亮を見上げた。
「この人だれ?」
「ママの昔からの友達。」
「じゃあ、昔のママの事知ってるの?」
「そうだよ。」
と言って亮がしゃがみ込み鈴と目線を合わせた。
「鈴、航、なんていうの?」
「こんにちは。」
「こんにちは。いい子達だね。」
亮は優しい顔で話しかけた。
「ママって変わってない?」
「大体変わってないかな?」
「シワ増えてるもんね。」
鈴は寛美にゲンコツされた。
「今度一緒に遊ぼっか。」
「うちで?いいよ!あ、でもママが掃除してないから汚いよ。」
寛美はまた軽く鈴にゲンコツをした。
「じゃあ、そろそろ行くね。」
「うん、またね!」
寛美の代わりに鈴が答えた。
しょうがなく寛美は手をふった。
「おじちゃん、遊びにきてくれるって。楽しみだね。」
鈴が航に分かるように教えてあげた。
「さ、帰ろう。」
「はーい!」


亮は苦悩していた。
寛美とこそこそ会う事には抵抗はあまりなかったが、子供に会ってしまって過ごした一瞬の時間の居心地の良さを感じてしまったことに罪悪感を感じていた。
結婚して5年が経ち、妻には何も言うことはなかった。
子供がいない事を悔やんで暗くしているより、友達と飲みに出歩いて明るく過ごしてくれているのがありがたかった。
亮は日曜日が休みで妻は水曜日が休みだった。
なので、亮が休みの日には夕食は亮が作ったりした。
もともとお互いにあまり干渉しない方だったので、亮は毎晩ネットゲームに没頭できた。
ここには自由はあるが、あの楽しそうな3人のような会話はない。
でもそれを亮が強く求めてしまうと、妻をひどく傷つけてしまう。
亮は悩むのは苦手だった。答えのでない迷いをたちきり、パソコンに向かった。
「おじちゃんか。」
ため息とともにこぼした。
おじちゃんは約束を守らないとな、理由をつけてごまかした。

夏が終わり吹く風が涼しさを運んでくるようになった頃、亮は寛美のアパートを訪ねた。
「おじちゃんがきたよ。」
寛美の呼びかけに鈴と航が飛んできた。
「おじちゃん、なにする?」
「ボール持ってきたから外で遊ぼう。」
「待って、すぐ行く!」
バタバタと2人の子供達が走って外へ出て行った。
寛美も後を追って、少し離れたところで見ていた。
鈴と航はなぜかすぐに亮になついた。
父親というものに重ねて見ているのかもしれない。
いくら頑張っても母親は父親の代わりにはなれない。
亮と子供達が遊んでいるのを見て、寛美はそんな風に思い肩を落としていた。
離婚してずっと片意地張ってきた気がする。
父親なんていなくてもいいと。
でも、鈴と航の楽しそうな笑顔を見ていると心が和んだ。
それに、亮があんなに笑っている。
子供が好きとは知らなかった。
亮と子供達が遊んでいるのを見て、寛美の中のしこりのようなものが溶けていった。
「ママもおいでよ。」
亮から呼ばれた。
しかもママと。
寛美はくすぐったい気持ちになって輪の中に入って行った。
どこから見ても仲のいい親子にしか見えなかった。
だが、子供達が亮を「おじちゃん」と呼ぶたびに現実に引き戻されて行った。





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