真夜中の猫

アスファルトの涙

寛美は2人の子供達と幸せに暮らしていた。
上の子は小学校に上がり、学校が終わると寛美の仕事場に来て本を読んで待っていた。その姿は可愛らしかった。
航を保育園に迎えにいくと3人で家に帰り、食事の用意がめんどくさい時は近くのファミレスですましたりした。
子供達は離婚をそれなりに理解していたし、寛美が今まで家事も育児も頑張ってきたのを知っているので、父親がいないことをさみしがる様子はなかった。
寛美は父親がいなくてもたくましく育って欲しいと思い、2人にスイミングをさせていた。
自転車の修理もしたし、家具の組み立てができるように電気ドリルも買った。
長距離を運転して県外の遊園地なんかにも連れていった。
2人の子も母親の体調を気遣い、肩をもんでくれ労わってくれた。

そんな生活が続いて2年が経った。
突然亮からメールがきた。
【元気にしてる?】
離婚届を出した時に偶然会ったっきりだった。
【元気ですよ。亮は?】
【あんまり変わりないと思う。】
【奥さんと仲良くしてるんだね。】
なかなか返事がこなかった。
【今度いつかあえないかな?】
【子供達がいてもいいならいつでもいいよ。】
【できれば2人で。】
寛美には1人の時間なんてなかった。仕事中以外は子供と一緒だったし子供だけ置いて出かけるようなこともなかった。
【スイミングの時なら少しの間だけ。】
【いいよ。】
【土曜日の11時からだけど大丈夫?】
【わかった。またメールする。】

亮に会うのは何年ぶりだろう。鈴がお腹にいる時にすれ違い、離婚届けを出しに行った時に会った。あれから2年、私は変わっただろうか。所帯染みてしまったんじゃないかな。寛美は自分の事が急に気になり始めた。
初めてあってから14年。
2人の出会いの記念日には毎年指折り、何年経ったか数えた。
亮の誕生日にはおめでとうと心の中でつぶやいた。
亮はどうだろうか。初めて会った日の事なんて覚えているだろうか。
プロポーズしたことも。
寛美は首を振った。
亮は結婚しているんだ。そんな事覚えていたってただの昔話にすぎない。何か悩んでる事があるなら昔馴染みの友人としてきくだけ。
寛美はそう思って納得させた。

次の土曜日、寛美は化粧をした。
「ママがお化粧するなんて珍しいね。」
「かわいい?」
「うん。」
寛美は航を抱きしめた。
スイミングの間はいつも寛美は2階から子供達の泳ぎをみている。他の親達も携帯をいじりながら子供と目が合えば手を振ったりしていた。
【ついたよ】
亮からメールが届いた。寛美は階段を駆け下り外へ出た。
あたりを見渡すと黒い車の中から亮が手を上げて寛美をよんでいた。
寛美の鼓動が大きく早くなった。
落ち着きを取り戻して、ゆっくりと近づいた。
亮から隣に乗るよう言われた。寛美は震える手で車のドアを開けた。
「久しぶり。」
「暑いから乗って。」
確かに真夏の正午に近い太陽はギラギラとアスファルトを焼き付け、立っていると下から焼かれているように熱かった。
寛美はゆっくりと助手席に乗り込んだ。ここは指定席なのに自分がずけずけと乗ってしまう事が少し嫌だった。
「急にどうしたの?」
「何となく会いたくなって。ダメだった?」
寛美は鼓動がまた早くなった。
「なにかあったの?」
「いいや、べつに。なんか昔の手紙とか見てたら懐かしくなって。もう会って14年くらいだよね。」
亮は覚えていた。寛美の手紙も持っていてくれたんだ。
「亮は変わらないね。でも少し落ち着いた気がする。」
寛美はドキドキしながらやっと亮の顔を見られた。何も変わらない。優しい目と目尻のシワが笑顔の亮を思い起こさせる。力強そうな腕は抱きしめられた日々を思い出し、ハンドルを握るその手はいつも暖かく寛美を包んでくれた。
「寛美も変わってない。子供達はいくつ?」
「5歳と3歳。」
「もう生活には慣れた?」
「うん。3人で仲良くやってる。」
「寛美がお母さんなんて想像つかないな。」
「ちゃんとしてる、、、と思う。」
「仕事は?」
「バリバリやってるよ。」
「さすがだね。」
「…奥さんとは?」
「うーん、まあまあかな。」
「そっか。」
薬指のリングの輝きが寛美の胸に突き刺さるようで切なく苦しかった。
「そろそろ行かないと、2人が心配する。」
「そうだね。じゃあ、、また。」
寛美はゆっくりと車のドアを開け降りた。
「じゃあ。ありがと。」
ドアを閉めると手を振って見送った。
日差しが寛美を激しく照りつけたが、寛美はしばらくうつむき立ち尽くしていた。暑く焼けたアスファルトに涙が落ちた。涙はすぐに乾き跡形もなく消えた。
寛美は空を見上げ大きく息を吸い込むと、走って建物に戻って行った。

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