聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
「彼女…とはさきほどやってきた桜色の髪の乙女のことかな」

「リュティアを見たのですね!? 今彼女はどこに!?」

「死者は皆この扉のむこうに行く」

「やはりその中にリュティアが…! そこを通してください!」

「ならん」

番人は頑なだった。しかしカイも必死だった。

「お願いです…彼女を」

カイはその場に膝をつきひれふした。

「彼女を、愛しているんです!」

その一瞬、ざぁっと風が渡るように世界が一面の花畑になったのを、ぎゅっと目を閉じていたカイは見ることができなかった。それを見てファラーガが目を見開き、それからふっと口端を持ち上げて笑ったことも。

カイは自分の言葉で、深い自分の想いを改めて知った。本人には絶対に言えない想いを思い知った。こんな言葉だけでファラーガを説得できるとは思っていない。だが、ほかにカイにできることなどなかったのだ。

カイがさらに切々と言葉を重ねようとしたとき、ファラーガがカイに歩み寄ってきて、手を取って立ち上がらせた。

「なるほど、君は並々ならぬ覚悟でここに来たのだろう。よかろう。一度だけ、扉を開こう」

「あ、ありがとうございます!」

カイには半ば信じられなかったが、どうやら説得に成功したようだった。

カイは知らなかったのだ、この世界を塗り替えるほどの想いがどれほど大きな想いであるかを。そんな出来事がどれだけ長い間この世界に起こらなかったかを。

「この扉の先は死者一人一人の心の国。

君が心に彼女を思い浮かべて通れば彼女の心の世界へと通じるだろう。

ただし、何が待っているかは教えられない。魂は生身よりも脆く、けがもする。

殺されれば魂が消滅する。

それに加えて生ある君には時間がない。この砂時計が落ちるまでの間に地上へと帰らなければ、君も死ぬことになる。急ぎなさい」

「…はい!」

カイはファラーガから、虹色の砂の入った、両掌ほどの大きさの大きな砂時計を受け取った。すでにわずかに砂は底にたまっている。

ファラーガが脇に退くと、ギィ、と重い音をたてて純白の扉が開いた。扉の内側からはまばゆい光があふれ、カイは目をすがめる。

リュティアの面影をわざわざ思い浮かべる必要はなかった。そんなことをしなくても、カイの中はすでにリュティアの面影でいっぱいだった。

カイの姿が完全に扉の中に消えたあと、どしんと扉が閉じる中、ファラーガが呟く。

「しかし…今の彼女を果たして彼は見つけられるだろうか?」
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