聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
ある日、リュティアは主宮殿の廊下を全速力で走っていた。

こんな場面を侍女頭に見られたら、はしたないと叱られる―いや泡を吹いて倒れられるかも知れない。だがそんなことには構っていられなかった。

一刻も早く、何が何でも早く、謁見の間に行きたかった。

謁見を希望する人々の中に、ある人物がいるという噂を先ほど耳にしたのだ。その真偽を確かめるまでは、リュティアは何も手になどつくはずがなかった。

なぜなら、その人物とは―――

「はぁ、はぁ、はぁ」

息を切らしてリュティアは謁見の間にたどり着く。

広間の中央、玉座の前に、車いすに乗った人影が見える。

「う…そ………………」

リュティアの口から、ひとりでに言葉がこぼれる。

広い謁見の間のすべての装飾も玉座も兵士たちも、何も目に入らない。

たったひとりのその姿だけが、リュティアを占めている。

「私は、夢を、見ているのだわ………」

リュティアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

涙で滲む視界の中で、その人物は笑った。

間違いない。懐かしい、その微笑み。

「リュー、ただいま」

聞き間違えようもない、その声!

リュティアは気がつくと、駆けだしていた。そして全身をぶつけるようにしてその人物に抱きついていた。

「ラミアードお兄様っ!!!」




この時、リュティアはわかっていなかったのだ。

兄王子ラミアードの帰還が王国にとってどんなに大きな意味を持つかを。

ただただ、嬉しかった。

ただただ、幸せだった。

それだけだったのだ。

この時は、それだけでよかったのだ。
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