純愛は似合わない
覚えてますとも。
5年前、貴方はアメリカに行く自由を手に入れて、行き場を無くしていた私は、仕事とフェイクな婚約者を手に入れた。

「もう充分、貴方に貢献したと思う」

私はコーヒーに口を付けた。
この部屋はクーラーが効きすぎているようで、あっという間にコーヒーもぬるくなっていた。


「その割にはこの2年ばかり、僕との約束を反故にしていただろ。…頼まなくても早紀の話しは母から煩いくらい聞いていたけどな」

「……速人のお母様は、楽しい方だから」

彼女は「息子なんて懐いてるのは小さいうちだけで、何を考えているか分らない」が口癖の人で、私を「早紀ちゃん、たまには一緒にお出掛けしましょ」と、暇を見付けては可愛がってくれた。

自身も友野の妻として、忙しいにも関わらずだ。

私の母は中学生の頃に他界してしまい、ここ何年か速人の母である美好(みよし)の心地良い好意に甘えていた。

速人はずっと掴んだままだった私の髪から、ようやく手を離した。

「その息子は気に入らないのに、か」

彼の目は鋭いまま。
普通なら口説かれていると錯覚するかもしれない。

でもこの男には、昔からのパートナーがいるのだ。


「……9月最終金曜日、社員を対象に懇親会を行なう。ここから一番近いモートンホテルで良い。お前が手配しろ。予算は瀬戸に相談してくれ。質問は?」

質問なら沢山ある。正直なところ、どこから質問をしたら良いのか分らない。
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