純愛は似合わない
他の客と、それ以上があるのかどうかは知らない。ただの腐れ縁は知らない方が良いこともある。

とにかくこの仕事は、彼にとって天職に違いなかった。


「早紀ちゃん、飲むのは良いけど、他にもお腹に入れた方が良いと思うよ」

ヒロは注文していないピザを2切と、ビールをカウンターテーブルに置く。
どこぞのママのような気遣いだ。

「……ん。どうも」

ヒロはカウンター越しに、人の顔を観察してる。

「そんなに見なくても、食べるって」

私は薄いピザを仕方なくかじり、口を動かす。

案の定、今朝、速人に傷つけられた唇にトマトソースの酸味が滲みて痛い。

知らないうちにしかめっ面になっていたようで「美味しそうに食べてくんない?」と、ヒロはヘソを曲げた。

「忙しいんだから、私に構ってないで仕事しなさいよ。向うで寺田君、慌ててるわよ」

同時に三方向から呼び止められ慌てているアルバイトの寺田君を指差すと、ヒロは整った眉を顰めて小さく舌打ちをする。

「わざと忙しい日、選んで来るんだもんな。色々聞きたかったのに」

「今日は待ち合わせしてるの。ほら、シゴト、シゴト」

私は琥珀色の液体を飲み込んで、愛想笑いを浮かべた。
今から練習しても損は無い、ような気がする。

< 14 / 120 >

この作品をシェア

pagetop