純愛は似合わない
私の待ち人が来たのは、もう30分ほど経ってからのことだった。

「ごめん、早紀」

その台詞が私の中でリフレインされ、古い記憶と溶け合う。

私の席の隣りに滑り込んだその人は、額に汗を浮かべていた。

「お疲れ様……光太郎ちゃん」

「ごめん、俺が外でって言ったのに。思ったより会議が長引いた」

「良いわよ。美味しく飲んでたし」

私がビールを楽しんでいるのが分かったようで、ようやく一息吐くように店の中をゆっくりと見回した。

本人は無意識なのかもしれないが、光太郎の頭の中には、細やかなチェック項目が浮かんでいるようで。

哀しき接客業の性か、と思いながら、そんな彼の背中をぼんやりと見詰めた。


「いらっしゃいませ」

やたらとにこやかなヒロが、オシボリと灰皿をテーブルに置いた。

光太郎は視線を店内からヒロへ移し、マジマジと彼を見る。

「あれ?君……確か、穂積さんのお弟子さん?」

穂積さんとは、ヒロの師匠で、モートンホテルのバー部門のトップだった人だ。
カクテル・コンベンションに出場し、何度も優勝した功績が称えられ、殿堂入りを果たした伝説のバーテンダー。
モートンを退職した今は、自分の地元で店を開き、気ままにシェーカーを振るっている。

ヒロは口にこそしないが、穂積さんの影響力は多大で、昔から憧れているのだ。

「お久しぶりです、土橋さん」

ヒロは口元に完璧な営業用スマイルを浮かべた。


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