純愛は似合わない
……素性を隠す。

この言い方に少なからず、錘(おもり)を感じた。

私は私の出来ることをしているだけだと、今さら主張しても始まらないのだが、望んでここにいる訳でもない。

瀬戸課長は小会議室を出ると、私を送り届けるのが必須とでも言わんばかりに、エレベーターホールへと向かい、手早くエレベーターの上ボタンを押した。

彼はひと気の無いエレベーターホールで、意味深に微笑んだ。

「成瀬さんて、いつも真面目に黙々と仕事していて、隙が無いよね。男どもが『誘っても見向きもしてくれない』って、休憩所でよく愚痴ってるよ」

「リップサービスみたいな誘われ方しか、したことが無いもので」

これは勿論、嘘。例え自分に好意を寄せてくれている男性がいたとしても、この社内で誰かを見付けるなんて考えたこともない。


「でも、速人に聞いてたイメージとも違うし。結構、謎の人だよね。だからさ……ちょっと興味があったんだ。君のこと」

瀬戸課長の言葉の真意が見えずに目線を彼の顔へ移す、と。
上司として皆に慕われているいつもの顔ではなく、軽く女を誘惑しようとしている男の顔をした瀬戸課長がいた。

「はぁ?」

朝っぱらから何のジョークか、と怪しげに彼を見た。

すると、瀬戸課長の肩が小刻みに揺れ「ハハハッ、流石『総務の華』だね。口説かれてもビクともしないって本当なんだ」とからかいの言葉が続いた。

私は苛立ちと疲れを覚えて、思わず溜息を吐いた。

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