豹変彼氏~ドラマティックに愛されて~


「三池さん、シーン19、見ていただけますか?」


ゆうみの声に、三池が顔をあげた。


「ん? そこは今、変えようって言ってるから……」
「いえ、変える必要はないんです。見てください」


ゆうみはそういうと、舞台の上に立った。


ゆうみは、稽古場の壁にもたれていた孝志に視線を向けると、少し表情を緩めた。


そして、役者とスタッフ、全員の視線を一身にあつめる中、ゆうみがウェイトレスへと変わった。


グラスを運ぶ彼女は、一見すると穏やかだが、内には強い心がある。
同僚のからかいや軽口にも、皮肉を混ぜた小気味いい言葉で返して行き、そのギャップがいつのまにか人を魅了する。
いつも厨房の奥にいて、不器用で恋をしたことのない男の心にも、その存在を刻み込む。


「すげー」
いつのまにか隣に輝が立っていた。


「そうだね」
光恵は頷いた。


ゆうみは舞台を自分の世界に取り込んでいた。
広い舞台上で、笑い、飛び跳ね、名もないウェイトレスに命を与えていた。


「やっぱり、プロだ」
輝が言う。


< 123 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop