10円玉、消えた
「10月くらいからそうしようと考えてるんだけど、カッちゃんに話す前に竜太郎に言っておこうと思ってね。ね、いいだろう?」

竜太郎は険しい顔で幸子に言う。
「父さんが始めたこの店をそんな勝手に譲っちゃっていいのかい?」

その言葉に幸子は驚いた。
「何言ってんだい、竜太郎。家と店を捨てたあんな人のこと、いまさら義理立てする必要はないんだよ」

「でも山村さんだって言ってたんじゃないのか。ひょっとしたら父さんが帰って来るかもって」

「その山村さんもいまじゃあの人にはすっかりお手上げさ。もう帰って来ないよ。逆に帰って来てほしくないね、あんな人」

幸子の顔は憎しみに満ち溢れている。
それは当然だ。

竜太郎は次に言うことを一瞬躊躇するが、結局は腹を決めた。
「母さん、俺がもし店を継ぐって言ったらどうする?」

幸子は目を大きく見開いた。
「な、何を言い出すんだい!」

「俺さ、最近店を継ぐのもいいなって考えてんだ。だからカッちゃんに譲っちゃうと困るんだよね」

「ふざけないでよ、竜太郎。あんただいいち店継ぐ気なんてなかったじゃない」

「ちょっと待った。俺一度もそんなこと言った覚えはないぜ」


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