10円玉、消えた
幸子が居間でボーっと考えごとをしていると、階段をドタドタと降りてくる竜太郎の足音が聞こえてきた。
見ると手に一冊のノートを持っている。

幸子とは顔を合わせずに竜太郎が言う。
「借りたノートを友達に返し忘れてた。いまから返しに行って来る」

「ちょっと、いま何時だと思ってんの」

「大丈夫。自転車ですぐだから。今日中に返さないとマズいんだ」

竜太郎は勝手口から急いで出ていく。
先ほどちょっとした口論になったばかりのため、幸子は不安な気持ちでいっぱいであった。



杉田の住まいは隣り町にある。
木造二階建てで4世帯が住む小さなアパートだ。
竜太郎は店の定休日に何度か遊びに行ったことがあって、場所は熟知していた。

杉田はなかなかの音楽好きで、洋楽のLPを多く持っている。
それを聴かせてもらいに、竜太郎は時々彼の元を訪れるのであった。
現にいま、竜太郎は彼からサイモン&ガーファンクルのLPを借りて聴いている。

自転車をかっ飛ばし、10分もしないうちに目的地に到着。
101号室のドアをノックすると、中からパンツ一丁の杉田が出てきた。
髪が濡れているため、どうやら風呂上がりだったようだ。


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