10円玉、消えた
時は秋の文化祭シーズン。
竜太郎は部活では油絵、家では漫画、とまさに絵を描きづくめの毎日であった。

そんなある日、幸子が竜太郎に言う。
「竜太郎、あんたこの頃店の手伝いやってくれないね」

竜太郎は憮然と言い返す。
「文化祭が近いんだからしょうがないだろ」

「文化祭ったって家にいるときは関係ないじゃない」

「それにいま漫画に燃えてんだよ。コンテストであと一歩だったから悔しくてさ」

「それはいいけど、あんたホントに店を継ぐつもりなのかい?」

幸子は竜太郎の真意を確かめようとしたのだ。
だが、いまは絵のことで頭がいっぱいな竜太郎はついこう漏らしてしまった。

「そんなのまだわからないよ」

「あ、そう…ふぅ~ん」

幸子は呆れ顔で言うが、そのときの表情を竜太郎は見ていなかった。



やがて12月、居間でTVを観ている竜太郎に、幸子はキッパリと言い放った。
「竜太郎、この店カッちゃんに譲ることにしたから」

竜太郎の表情が一瞬固まる。
幸子の言ったことがすぐには理解できなかった。

幸子は続けて言う。
「年明け、三が日が過ぎたら、この『らあめん堂』は完全にカッちゃんのもの。承知しといてね」



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