10円玉、消えた
「漫画は描いてるのかい?」

「うん、時々ね。この頃ペースが遅くなっちゃったけど」

「でもスゴいよなあ、漫画が描けるなんて」

「あの、タカさん…」
竜太郎は突然口調が変わった。

その口調と深刻な表情から、黒部は竜太郎が何か悩んでるんだなと察する。
「ん?何だい?」

「タカさんは何で跡を継いだの?」
竜太郎は熱中していた漫画本を脇に置いてそう尋ねた。

「え?」
唐突な質問に黒部は少し驚く。

「やっぱり長男は継がなきゃいけないからかい?」

「う~ん…まあ確かにそれもあったかもしれないけど…。俺、自転車好きだからさ」

「いつぐらいから継ごうって決めたの?」

「高校三年生になってからかなあ」

「親からは継げって言われなかった?」

「いや、逆に継がなくていいって言われたよ」

「へぇ~、なんで?」

「俺が継ぐと暫くはこの仕事しなきゃいかんから、きっと面倒だったんじゃないかな。ハハハッ」



黒部孝夫の父親は、息子が跡を継いでからはめっきり店に立たなくなった。
いまや趣味の釣りに没頭している毎日だ。
彼の願いは、早く息子にいい嫁さんが見つかるように、ということだけなのだ。


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