甘い唇は何を囁くか
「そんなに泣かれると、俺も困るんだけどね。」

その聞きなれた声に、顔を上げる。

ほんの数メートル先の煉瓦の壁にもたれかかった宗眞の姿。

見つけたくなくても、その姿はシスカと同じぐらい目立つし、夜の闇の中でその赤い目はまるで獣のように光って見えた。

遼子は涙を拭って気丈ににらみつけた。

宗眞はふんと鼻で笑ってこちらを見据える。

「抱かれに来たってのに、もうちっと色気を出せないもんかな。」

ぞくり

寒気というか悪寒を感じて遼子は身震いした。

宗眞の眼は笑っているのに、どこか寒々しい。

まるで、・・・いやなものを見ているみたいだ。

「…仕方なく来たの。あなたの事を好きなんじゃないわ。」

気圧されてなるものかと、遼子は振り絞って答えた。

あっそう

宗眞はそう答えると、遼子に背を向けて歩き出した。

何も言わないものだから、とりあえずその後を追う。

そのスピードはすさまじく早く、遼子は駆けながら後をついていく。

まるで振り払おうとしているみたいだ。

「ちょ、待ってよ。」

たまらず声に出す。

けれど、宗眞は振り返りもしないしスピードも緩めない。

そのうち息が切れてきた。

体も熱くなりだして、遼子はコートを脱いで抱えてみた。

どこに行こうとしてるんだろう。

もう、ずいぶん歩いたはずだ。

遼子は恐々と辺りを見回した。

町を抜けようとしているのか。

明かりが少しずつ少なくなってきている。

それに、足元が石畳でなく土になっていた。

家や人の姿もない。

どこに行くの?

そう問いかける間もなく、ただひたすら後を追う。
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