甘い唇は何を囁くか

この人、あの時の―。

遼子は突如として紅くなり露出した肌を隠そうと試みた。

夜でよかった。

ここは、夜の神戸と違って闇が深いもの。

きっと、夜陰が遼子を夜の色に溶かしてくれるはず。

その男は、瞬く間に男たちを華麗な技で負かしてしまい、お決まりの「覚えてろよ」を吐き捨てて逃げていくのを横目で見遣り、ゆっくりと遼子に視線を戻した。

ドキン

胸が瞬時に高鳴る。

どうしよう、これはまずい展開だ―。

「あ、あの…あの、ありがと…ありがとうございました！」

震える声で頭を下げる。

男はそれを静かに見送ると、何も言わずにふいと遼子に背を向けた。

へ？

何で、何で、何も言わずに行っちゃうの？

あ、しまった。

遼子は自分が日本語を使ってしまっていた事に気がついて男の背を追った。

「あ、すみません！」

今度はちゃんと英語を使って言う。

「ありがとうございました。」

この人がこなければ、遼子は間違いなくあの男たちの餌食になっていただろう―。

今更だけれど、背筋が凍る。

「本当に―！」

けど、男の人は何も言わない。

見上げると、すらりと背が高く遼子を見下ろす瞳もずっと上に見える。

けれど、その瞳の美しい碧はここからでも確かに映る。

かっこいい―。

「気の毒なのは、あの男たちのほうだ。」

・・・

「は？」

しびれるようなハスキーボイス。

今、言った言葉、もう一度。

「気の毒なのは、あの男たちのほうだと言ったんだ。」

まるで心の中を読んだように、男はゆっくりと遼子にも聞き取れるような英語でそう言うと、ため息混じりに続けて言った。