甘い唇は何を囁くか
「え、マジで?」

翌朝、ホテルの中にあるカフェに、遼子はいた。

目の前には、赤い目の男、宗眞の姿がある。

ふらふらと部屋から出てきたところに、声をかけられた時には驚いたけれど、まるで当然というように親しげに話すから、何だか気にしているこっちの方がおかしいみたいに思えてきて、ついつい愚痴を零し始めてしまった。

そして、昨日の出来事…あれから、宗眞と分かれてから何が起こったか…。

かいつまんで、打ち明けた。

「何だよっ、そんでチューだけして帰っちゃったわけ?」

「そうなのよ…。」

呟くように答えて俯いた。

イケメンのボーイがどうぞ、と言って差し出したカップを手に取る。

「何だよ、何だよ、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃんなぁ、そんなのそのままイケイケだったに決まってんだろ、まったく見かけによらず我慢強いオッサンだね。」

思わず噴出しそうになり、紅くなってカップをテーブルに置いた。

「何言ってんのよ!」

こいつには羞恥心とかはないのかと思いながら、声を荒げる。

「へ、違うの?」



遼子は押し黙り僅かばかり、目を伏せた。

どうなのだろうか―。

あのまま…あの人を、あの人の言うがままに部屋に招き入れていたら…どうなっていたのだろうか…。

自分でも見たことのない世界の扉を開けることになっていたのではないだろうか―。

あの…キスができる人なんだもの―。

「何、そんなにキスうまかったんだ。」

「ばっバカ言わないでよ!そんなの、そんなの全然よ、全然!」

しまったと思った。

とんでもないほどうろたえてしまって、思わず腰まで上げている。

これでは、そうです、そのとおりと言っているようなものだと考え至り、頬を染めたまま静かに席に座りなおした。

「日本人はシャイだっていうけど、あんたも相当だね。」

宗眞は、にんまりと微笑を浮かべてそう言うと、言葉を続けた。

「で、何も言わずに行っちゃった、と?」

「…そうなの。」

何も言わずに…。

「そんなら、生殺しも良いとこだな。」

「…そうなの。」

なま…

「いや、違うし!」

宗眞のしたり顔には、もうそろそろ苛立ってきた。

遼子は手を挙げて、ボーイを呼ぶと腹立たしげに水を注文した。



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