ヴァンタン・二十歳の誕生日
 私は雅に誘われて幾つかの電車を乗り継いで今此処にいる。
雅は手慣れているらしく、切符の手配やら全ての雑用をやってくれた。
だから幾ら感謝しても足りないくらいなのだ。
もっとも、雅に無理矢理連れ出されたのだけどね。


「それじゃ初めてだってことにして、ルールなんか話すね」
私の態度で何かを感じとったのか、雅は真面目な顔つきになった。初めてだってことにして、と言うセリフはいけ好かないけどね。


「あっ、それじゃよろしく。やっぱり知っていた方が断然面白いと言うか……」

礼儀として、とりあえず合わせてみる。少し間が空いたことで、雅の態度が変わるのが解った。


(悪いことしちゃったかな?)
私は又悄気ていた。


私は何時も雅に気を遣わせていた。それが何を意味するのかは判らないけど、まるで腫れ物にでも触る感覚だったのだ。
だから雅には申し訳ないと思っていたのだ。




 「じゃあまず競技の種類ね。フルーレ、エペ、サーブルってのがあるの」


雅はそう言いながらパンフレットを渡してくれた。


「今一番の注目株はフルーレね。何でもね、団体で世界ランキング五位なんだって。でも兄貴はエペをやっているわ」


「えっ、どうして?」


「フルーレで攻撃出来るのは胴だけなのよ。でもエペは爪先からマスクまでだから楽しいんだそうよ」


「ふーん、そうなんだ」


「今選手が構えているでしょう? 彼処はピストと言う舞台なのね。昨日の夜、五人掛かりで仕上げたそうよ」

雅の言葉を受けて、私は体育館の中に設置してあるピストを数え始めていた。


「合計八面で三時間係ったそうよ」


「どんな競技も裏方が居なくては始まらないのね」

私は解りきった発言をしていた。




 雅の解説によると、フェンシング用語はフランス語だそうだ。
だから返事はウィとノン。


審判はピストに立った二人に向かって『エドプレ』か『プレ』と声を描ける。『準備はいいか?』と聞いている訳だ。それに対して選手は『ウィ』又は『ノン』と答える。両方共に『ウィ』となったら試合開始になる訳だ。


ピストの幅はおおよそ二メートル以内。長さは十四メートルと決まっている。




 「今、審判の『アレ』の後で『ラッサンブルー、サリュー』って聞こえたでしょう? 挨拶なんだけど、日本で言うことの『気をつけ礼』かな? その前に言った『アレ』は『位置に着いて』みたいなものね」



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