叢雲 -ムラクモ-
「松ちゃん!」

今度は男の声。

隣の教室に入った途端に走りよってきた生徒。

……誰だっけ。あー……岸田とかそんな名前だ。

「その『まっちゃん』てのやめないか」

「なんだよ、松ちゃんは松ちゃんだろ」

……まあ、そんな事はどうでもいいんだ。名前ってのは個人を識別するための、車でいうナンバープレートにすぎない。

「それで、どうした」

「北川許してやれよ!」

「俺の授業中にくしゃみをするあいつが悪い」

「……いや、うん。松ちゃんのそういう性格は知ってるけど、マジでさせるとは思わないって。それにくしゃみは私語じゃねーだろ」

あまりに岸田がうるさいので、校庭に行くことにした。

……はあ、めんどい。










校庭はトラックを走る北川と、それを好奇の目で見る野次馬どもで埋まっていた。

「とまれ北川ー」

「あ、せ、せんっ……はぁっ……せんせ……」

肩を大きく上下に揺らす北川から百人一首一覧表を奪い取り、かわりに水の入ったペットボトルを渡す。

チャイムが鳴ったのでその辺にいた生徒を校舎に引っ込め、砂地にしゃがみこむ北川に目線を合わせる。

「何周いった?」

北川はペットボトルを開けて水を喉に流し込むと、

「……五周かな」

うちの学校のトラックは一周二百メートルだから、北川は千メートル……一キロ走ったことになる。

ちなみに本当に百周も走れば二十キロだ。
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