叢雲 -ムラクモ-
北川が何かつぶやいた。が、しかしそれは本日一発目の花火の音によって俺に届くことはなかった。

「なあ、今なんか言っ」

「きれー! やっぱりここは地面が高いからよく見えるなぁ」

キラキラと輝くその青い瞳を前に、俺は情けないが何も聞けなくなる。

今までここで誰と花火を見たんだ。とか、新しい疑問もわいてくるのに。

花火があがるたびに笑顔を見せて、重ねた手から喜びが伝わってくるのだから、俺に残された選択肢はただひとつ。

……北川と花火を楽しむとするかな。










ほとんどのやつがどこかで花火を見ているのだろう。祭りの賑わいは少しおさまっている。

そのおかげもあってか、次の花火の準備をしている静かな時に、町内会の会長が下の方で拡声器を使って言ったことがよく聞こえた。

「次は『恋人たちの時間』です!」

なんだそりゃ。俺たちは顔を見合せる。

「北川、知ってるか?」

「ううん。『恋人たちの時間』なんて見たことない」

でもなんかロマンチックな花火かも。と北川は期待の視線を空に向けた。

従って俺も空に期待をこめるとしよう。その期待を裏切られたら、そうだな、いるかどうかも疑わしい神様に呪いでもかけようか。

……花火のあがる音がした。

「うわあ……っ!」

パァァンと弾けるさまは、どこか切なさを感じさせる。

ばかでかい、空という名のキャンバスに描かれた模様は、ハートの中に二つの人影が寄り添っていた。

ハートは赤や桃を主としていて、二人は一方が黄で一方が紫という対照的な色合いだ。

最近の花火はすごいね、少なくとも俺の時代はこんなカラーじゃなかったし、形も丸だけだった。

ま、俺の出身ここじゃねえし、俺が田舎でみた花火が悪かったのかもしれないが。

「ねえ、和さん」

北川は時折見せるあの真っ直ぐな瞳で俺を見つめていた。

前から思っていたが、これを見るとどうも夢のような気がしてならない。現実味がないといったところだろうか。瞳が青いせいだろうか。

とにかく俺は今、その夢のような感覚におちいっている。ゆえに海で気持ちが通じ合ったことまで嘘のように思えてきた。

……いかんいかん。
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