清子
ソのイチ
華奢な手足、紺色のセーラー服、可愛らしく整った顔立ち。少し長くて黒い、三つ編みの髪が揺れる。

桜庭清子は四月から女学校に通う予定の15歳だ。彼女は先週誕生日を迎えたばかりなので、出来たての15歳と言っても過言ではない。

「どぅるぅとぅとぅるるるる〜んはらはら〜」

心なしか不安定になりそうな歌を歌いながら散ってゆく桜を拾おうとする。

「こら、清子さん。お嫁に行く前の女子がみっともない」

叔母の朋子は優しくたしなめる。

「だって、おばさん!こんなに気分がいい季節、なかなかないですよぅ〜」

「まあ、いいじゃないか。清子の言うとおり、この桜並木は帝都でもなかなかないぞ」

叔父の吉太郎はその兄、豊太郎の遺志を継ぎ、不動産業を発展させた凄腕の社長だ。
彼は無口だが、その言葉の端々に家族に対する愛情が見て取れる。

「それに、私達も暫くは一緒に暮らせない」

吉太郎の言葉に朋子も少し寂しそうな顔をした。

「おじさん、おばさん!顔を上げて下さいよぅ。なにも今生の別れじゃあるまいし、休みには帰省します!さ、着きましたよ」


神原女子学園生徒寮


重々しく木の板に掘ってあるそれは清子の通う学校の寮の名前だ。

「…毎日手紙を書いていいですか?」

「当たり前ですよ、むしろ、書きなさい」

うつむいた清子に朋子と吉太郎は微笑む。

「さ、この手紙を寮長さんに渡すこと。あとこの菓子折りもね。くれぐれも失礼のないように丁寧に宜しくお願いいたしますと頭を下げるのよ?まあ、貴方は見かけによらずしっかりしているけれど…」

「だ、大丈夫。もう、おばさんたら心配性なんだから…それじゃ、行って参ります」

清子は慌ただしく、大きな荷物を受け取ると、寮へ走り去った。
本当はもっと別れを惜しみたかったのだけれど、これ以上別れの言葉の応酬をすると、泣いてしまいそうだった。
けれど彼女はこれからの人生、泣かないと決めていた。
そしてそのことを叔父も叔母も知っていて何も言わない。そのことすらも清子は知っていた。

清子はもう、お尻の青い子どもではなかったのだ。

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