よりみち喫茶

この一曲で一世を風靡した歌い手は、あるとき忽然と姿を消して、それ以来今もどこで何をしているのかは謎のまま。

そんな不思議な雰囲気をまとった曲は、この店によく合うと思った。

スピーカーから流れてくる音楽に耳を澄まして、浸るように目を閉じる。

しばらくそうしていると、不意にカウンターの向こうからガタンっと音がして、目を開けてみると、先程までそこにいたはずの人物がいなくなっていることに気がついた。

慌てて四人がけ、もしくは三人がけのテーブル席が四つと、カウンター席が五つだけの店内を見渡す。

すると、カウンターの奥、わたしから見て右て側にあるカーテンの向こうに、逃げるように駆け込む後ろ姿が見えた。

一体何があったのかとそちらに足を踏み出しかけたわたしの耳に、今度はチリンと微かな鈴の音が聞こえた。

ハッとして振り返ると、扉の前に佇む人影が一つ。

目があうと、その人はおずおずと口を開いた。
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