よりみち喫茶
「あの……路地の入口にあった看板を見てきたんです。こちらが、そのお店で間違いないでしょうか?」
それは紛れもなく、待ちに待ったお客さんだった。
「はい、間違いありません!」
体ごと向き直って嬉しさに声を弾ませるわたしに、その人はやや驚いたように目を見開いて、それから苦笑した。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。お好きなお席にどうぞ」
改めて挨拶をして、他に誰もいない店内を手で示す。
上等そうな革靴が一歩踏み出されて、仕立てのいいスーツをピシッと着こなした男性が、ゆっくりとカウンターの方に近づいてくる。
やがてその男性は、カウンターの端の方の椅子を引いて、そこに腰掛けた。
すかさず目の前まで移動して、カウンター越しにおしぼりとお冷を出すと、「ありがとうございます」と耳に心地いい柔らかい低音が返ってきた。
「こちら、メニューになります」
にっこり笑って差し出したメニュー表が、またお礼の言葉と共に受け取られる。