甘い恋飯は残業後に
「……桑原は、自分に悪意を向けられても仕方がないと端から諦めているだろ」
難波さんの声が、暗闇に静かに落とされた。
「傍目で見ていて心配になる」
落ちて沈んだ声は、わたしの足元にひたひたと這い寄ってくる。
「そんなことは、ないですよ」
普通に出したつもりの声が震えていて焦った。
難波さんは小さくため息を吐く。
「前にも言ったが、全てが全て、桑原に原因がある訳じゃない。心無いことを言われて傷ついたら傷ついたと、口に出して言ってもいいんだ」
余程のことがあったと思われているんだろうか。このままじゃ、水上ちゃんも大貫課長も悪者にされてしまいそうだ。
「ありがとうございます……でも、今日は大事なことを水上さんが気づかせてくれたんです」
「……大事なこと?」
「人として、大事なことです」
難波さんの方を窺うと、彼は怪訝そうな顔をしている。
「水上さんに、万椰さんは“愛され慣れ”してるって……誰かに好意を持たれるのが当たり前だと思ってるって言われたんです。だから変な噂を流されたり、この間みたいなことになるんだって」
難波さんはぴたりと立ち止まった。見れば、ちょうどマンションの前だ。
彼はわたしの背中から手を離し、こちらに向き直った。