甘い恋飯は残業後に
もちろん、難波さんを信用したい気持ちは十分にある。なら素直にそう言えばいいと自分でもよくわかっている。
でも、兄貴の言葉に縛られて面倒くさいことになってしまったわたしの心は、そう単純にはいかない。
「……まあ、そうだろうな」
呆れたのか、難波さんは深くため息をついた。
自分のあまりの不甲斐なさに、唇をぐっと噛みしめる。
と、難波さんが立ち上がろうとしているのが、視線の隅に映った。
彼が、いなくなってしまう――。
『最初から失う気でいたら、得ることなんか出来ないだろーが』
昨日の叔父さんの言葉がふと、頭の中に蘇った。
――今、ここで手を伸ばさなければ、わたしはもう、一生このままだ。
「……あのっ」
わたしは彼の着ているワイシャツの腰辺りを掴んだ。わたしが引っ張ったせいで、おかしく弛んでしまう。
「桑原にしては、随分大胆なことをするな」
「べ、別に、あの、そんなつもりじゃなくて……っ!」
わたしの慌てっぷりが余程おかしかったらしい。難波さんは声を上げて笑っている。
「俺は冷蔵庫から氷を取ってこようとしただけだ」
「えっ」
「でも後にする。せっかく引き留めてもらったからな」