甘い恋飯は残業後に
「なるほど。いろいろと疑ってたのか」
「別に……」
そんな前から意識していたのかと思われるのも癪で、顔を逸らす。
難波さんはくすりと笑みを漏らしてから、「そんな訳で」と今度は真面目な声を出した。
「悪い、俺の家には泊められなくなってしまった。ホテルでもいいか?」
「……わたしは、どこでも」
難波さんはすぐ、どこかのホテルへ電話を掛けている。
でも、何だか雲行きが怪しい。難波さんが三カ所目のホテルに電話した時に訊くと、どうやら大きな学会があったようで、今日は大概のホテルは全て満室になっているということだった。
「……タイミングが悪かったな」
難波さんは携帯を鞄にしまった。「行くか」とわたしの手から荷物を奪うと、駅の方へ向かって歩き出す。
「えっ……あの、どこに行くんですか?」
難波さんはわたしの問いかけには答えず、ただひたすら歩いていく。わたしは仕方なく彼の背中を追いかけた。
一体、どこへ行こうとしているのだろう。
しばらく歩いて駅のタクシー乗り場まで来ると、難波さんは乗るぞ、というようにこちらに目配せをして、止まっていたタクシーに乗り込んだ。
彼が、運転手に行き先を告げる。
「……え」
思わず、声が出てしまった。
その地名が何を意味するのか、わたしですら知っている。兄貴や、馬鹿話が出来る友人達との会話に時折出てくる場所――俗にいう、ホテル街。
どうりで難波さんが言いたがらない筈だ。