甘い恋飯は残業後に


「あ、桑原さん」

『Caro』の店長がわたしを見つけ、こちらに歩み寄ってくる。

「お忙しいのに本当にすみません。でもまさか、桑原さんと難波さんが来てくれるとは思っていませんでしたよ」

わたしも思っていませんでしたよ、とはさすがに言えない。仕方なく仕事モードに気持ちを切り替えて、無理矢理笑みをつくった。


「で、わたしは何をすれば……」

「ああ、桑原さんには取りあえずテーブルの片付けをお願いしてもいいですか」

「わかりました」


店長から一通り説明を受け、お昼時で混み始めてきたホールへと足を踏み出す。

何気なく店内を見回してみると、カウンターの中でスタッフの手伝いをしているガタイのいい後ろ姿が目に入った。


どういうことですか。

今すぐその後ろ姿に問いただしたいところをぐっと堪えて、テーブルの上の食器をトレーに重ねていく。こういうことは叔父さんの店で経験があるとはいえ、慣れない作業にいささか苦戦する。


< 29 / 305 >

この作品をシェア

pagetop