薬指の約束は社内秘で
「俺達、付き合おう」はじまりはそんな言葉で。

「俺達、別れよう」終わりも笑っちゃうくらい簡単だった。

いつものタチの悪い冗談だよね? そう思っていた私に瑞樹は一言こう告げたんだ。

「これ以上、一緒にはいられない」


この会社に入社して初めて知ったことがある。私と同期入社の瑞樹は、今は亡き創業者のひ孫であること。

それもあって瑞樹は女子社員からの人気は高いけれど、社内で彼を快く思わない空気も感じ取れる。

そんな瑞樹には見合いの話もよくきているらしい。
一方的に切り出された別れの意味は、そういった彼の立場に関係するのかもしれない。

きっと私が思うより、ずっと難しい立場にあるんだ。締めつけられる胸に何度もそう言い聞かせた。

でも社内ですれ違う度、馬鹿な想像してしまう。

「俺達、また付き合おう」そんな声がかかることを――……

でもあり得ない妄想が現実になることは決してなかった。

だから二人で過ごした時間を思い出す暇もないように平日は残業を他の社員より多く引き受けたし、週末は習い事や遊びの約束を必ず入れた。

だけど、ふとした時。たとえば電車待ちの駅のホームで、二人でよく行ったコンビニで。
瑞樹と過ごした思い出はちょっとした隙を突いて簡単に涙腺を刺激する。

そしてその度に思い知らされた。何かに夢中になりたい。楽しいことだけをして過ごしたい。

無理矢理そう思っている自分に気づいて。
無性に寂しくなって、どうしようもなく会いたくなって、また目頭が熱くなることに。
< 7 / 432 >

この作品をシェア

pagetop