透明人間
「警察から電話があって、記者会見しないか、て」

「そうか…」

 昇はイスに整然と座っていて、少しの隙も見せなかった。

「どうする」

 私はイスに座りなおした。

 代わって昇は、手のひらに頬を乗せ、大きなため息をついた。

 私は当然の返事を期待していたので、そのため息の理由が、その時の私には、当然理解できるはずがなかった。

「俺が決めていいって言うんなら、頭がイカれているって思われるかもしれないけど…俺はしたくない」

 その言葉を聞いて、そのため息の理由が分かったものの、そのことには決して気をとられなかった。意外な返答に驚いていて、もう無我夢中であった。そして私は身を乗り出して言った。

「なんで。見つかるかもしれないのに」

 昇は頭を抱え、強く圧力をかけているようであった。

「なんか、誠也が…もうここ…この世界にはいないと…いや、忘れてくれ。何か、俺、頭がおかしくなってる。なんでだろ。もう、嫌だ。俺、おかしくなってる」

 私は昇の異変に気が付いた。

「ねえ、大丈夫?」

「今の俺がいなくなりそうで、怖い。俺の中のもう一人の俺が、いつ目覚めるか、それが怖い。俺、一生このまま眠りそうで…怖い。なんで…なんでこんな目に…」

 昇が吐いた言葉通り、今の昇は、昇ではなくなっていた。怖かった。近寄り難かった。変人、という偏見の目で見ているわけではない。正直に怖かったのだ。

 私はその時、どういう手解きをすればいいのかを知っていた。しかし、今の昇と同様、目の前で起こった突然のことに、私もパニック状態になっていた。今の私は、目を凝らして昇を観ていることしかできなかった。
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