夢見るきみへ、愛を込めて。
夜はしんしんと更け、頬を刺す寒風と一緒に粉雪を連れてきた。
バイトを終えビルを出ると言われていた通りタクシーが停まっていて、外に立つ司さんが落ちてくる粉雪を仰ぎ見ていたから、胸の奥が痛んだ。
私に気付いた司さんは微笑み、「風邪をひくよ」と自分のマフラーを私に巻いてくれた。とても懐かしくて、好きになれない、春の匂いがした。
「ああ、ここか」
タクシーに乗り込んで10分ほど経った頃、運転手が唐突に零し、司さんが律儀に反応する。
「なんですか?」
「いやぁね、3日ほど前この交差点で轢き逃げがあったんですよ」
どくっ、と心臓がうねるような脈動を始めた。
思いもよらなかった話題と、司さんの息を呑む気配に、タクシーなんか乗るんじゃなかったと激しく後悔する。
「ちょうど今くらいの時間で。はねられた男の子、大学生でしてね。昔から事故は少なくはなかったんですけど、この時期は路面が凍結しますからねぇ……運転してた人は前方不注意、スピード違反だったらしくて」
……やめてよ。
「でも献花はないので、無事なんでしょうね」
やめて、そんな話。
「轢き逃げした犯人も、通報のおかげで逮捕されたっていうし――」
「停めてください!」
「えっ、ここですかっ?」
事故が起きた横断歩道を通り過ぎてすぐ、停まったタクシーから転がるように降りた。私があの日、朝まで丸まっていたときと変わらぬ電柱が目の前にあって。背後でタクシーが走り去る音に紛れた「灯」と呼ぶ声に、泣きたくなった。