歌舞伎脚本 老いたる源氏

明石の中宮2

中宮 住吉大明神様ですか?
源氏 そうじゃ。もともと気の荒い一本気のお方じゃった。京におられて
 わしの遠戚でもあられる。ところがあの気性じゃから都人からは疎まれ
 て信心に走られた。

中宮 荒い気性を何とかせねばと思われて?
源氏 そうじゃと思うが、本来の気性などなかなか治るものではない。
 ところがじゃ、信仰心のあまりその出方が変わった。

中宮 と申されますと?
源氏 まず京を離れて受領になり明石行きを決心された。そこは縁者も
 多く海の幸山の幸も豊富で受領としての実入りも多いところじゃった。
 上に気を遣う者もなく財の限りを尽くして京に負けずとも劣らぬ
 御殿も作られた。

中宮 まけずぎらいですね。
源氏 それもあるが実はこれすべて大明神のお告げと言うとった。ところ
 がなかなか子ができぬ。やっとの思いでお生まれになったのが母君じゃ。
 うれしさのあまり数々の財を整えてお礼参りをされた。するとすぐさま
 お告げが出た。この姫は天皇の后になるお方と。

中宮 まことですか?
源氏 何度も耳にタコができるほど聞いた。そのお告げを聞いた入道殿は
 この姫を何とかせねばと磨きに磨きそれはそれは下にも置かぬ御教育を
 された。

中宮 よく存じております。私にもへりくだりいつも敬語を使われます。
源氏 そうじゃろうのう。皆不思議がったろうな。母上は?

中宮 皆に話しても誰も信じてはもらえないだろうとひたすら祖父を信
 じていたようです。受領の娘が皇后になんて誰が信じましょう。
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