歌舞伎脚本 老いたる源氏

冥府3

柏木 私が蹴鞠の時から女三宮様を見染めていたことは、
 夕霧からお聞きでしょうに。
源氏 そんなことは知るわけないではないか。
柏木 格式だけで女三宮様を正妻になんて、
 もってのほかです!

源氏 それは朱雀院が、
柏木 断ればいいではないですか。紫の上様が
 おかわいそうでなりませんでした。
源氏 それはまあ。

柏木 若者を不幸に貶める悪鬼。
源氏 悪鬼?
柏木 本人には自覚がない。権力をかさにきた大六天の魔王。

源氏 なんと?
柏木 その犠牲になったのが、私柏木、女三宮、紫の上様。さらに。
源氏 もういい!自分を正当化するのはやめい!

(源氏の影がふっと大きくなります。それに負けまいと柏木の影も大きくなり、
ついに二体の影は天を覆うほどになりました。トその時天空に大声が響きます)

紫の上 何をしておいでですかお二人とも!
(二体の影はみるみる縮みます)

紫の上 なぜ殿方はそのように争われになるのですか!
(紫の上の影が現れ、二体の影はさらに縮みひれ伏します)

紫の上 女三宮のお輿入れが決まった時には、正直私紫の上は心の底から
 落胆しました。それはそうでしょう。私は源氏の正妻だと思ってましたからね。
 皆もそう思ってたと思います。ところがよく考えてみると正式な結婚の儀は
 しておりませぬ。ということは源氏が正室を迎えるということは万が一にも
 あり得ることだったのです。

(二体の影から冷や汗がしたたり落ちます)
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