聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
第一章 哀しい嘘

夕陽が遥か山際から一日の最後の光を投げかける。

それは光神の限りない慈愛の想いの光である。

生ある者すべての営みと罪を許す光である。

その光が空を、森の木々を、世界の隅々までをまるで最上の宝物のように輝かせる様をつぶさに眺めながら、リュリエルは想う。

―この世界は美しい。あまりにも美しい。心打ち震えるほどに。

ああ、この心までも黄金色に染まってしまえばいいのにとリュリエルは想った。そうすればこの憂鬱な気持ちも許されるのではないだろうか。

不意に強い匂いが彼女の思考を破る。それは血の匂い。荒々しい戦いの匂いだ。だから彼女は目を向けなければならない。ずらりと目の前に並ぶ黄金の髪に黄金の鎧の男たちに。

父なる神の大いなる慈愛は、父なる神の象徴たる黄金を身にまとう男たちをさらなる黄金に染め、やがて彼らに血の色を投げかけ始める。だからそれが夕陽の色なのか本物の血なのか、リュリエルにはわからなくなる。

けれど匂いは確かに、本物の血の存在をしらしめる。

彼らが凄惨な戦いの場をあとにしてきたことを伝える。

男たちの中から一人の男が進み出て、リュリエルの前で恭しく膝を折った。

ひと際見事な黄金の髪を背に流した青年だ。

「ただいま帰還いたしました。リュリエル姫」

青年はリュリエルの白い手を取ると、その甲に口づけを落とした。

冷たい、とリュリエルは感じた。

唇が冷たいのではない。あまりにも性急に触れた唇が離されたから、その部分がすぐに空気に触れて冷たく感じたのだ。

「お帰りなさいませレト様。この度のご活躍、聞き及んでおります。御身の無事を祝って、そして次なる戦いの勝利を願って」

リュリエルは憂鬱な気持ちを顔に出さないように気をつけながら、右手を天にかざしてそこに“力”を集めた。

するとみるみるうちに力は美しい一振りの光の剣となった。

夕陽の赤が光の剣に照り映えて鮮血のように見えるから、リュリエルは一瞬わずかに眉をひそめ、けれどそれをすぐに笑顔の仮面で覆い隠し、レトの肩に剣を優しく置く。
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