聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「は…はなしてカイ…」

「いやだ」

「胸がドキドキして、苦しいのです…」

「私もだ」

カイはさらに腕に力を込める。

―本当だ。胸がドキドキして苦しくて、頭がまわらない。

けれど今がとても大切な時だとわかるから、カイは無理やりにでも頭をまわらせる。

「まだ…頭が混乱してる…確かめさせてくれ、リュー」

「ん……」

リュティアが苦しそうだとわかっても、腕の力をゆるめる気にならない。

「ライトのことが、好きだったんじゃないのか」

「もう、好きではありません」

「私がフローテュリアに帰ってきた日の夜、泣いていたじゃないか」

「…あれは…、私たちが兄妹だと知ってしまったから、泣いていたのです」

「な…んだって…」

二人の誤解が、やっと解けた瞬間だった。

「じゃあ、ライトが…生きていたとしても、探しに行ったり、しないんだな?」

「はい。…ここにいたい。カイのそばにいたい」

「もう、口づけさせたり、しないな?」

「はい」

カイは脱力感のようなものを覚え、腕の力を緩める。

リュティアが身じろぎし、わずかに距離が生まれた。そのおかげで、カイは愛しい少女と至近距離で向き合うことができた。

その白い頬をまだ透明な涙が流れている。

愛しさには際限というものがないのかも知れないとカイは思う。そうでなくてどうしてこんなにもまだ、愛しさがこみあげる?

カイはそっと、リュティアの涙をぬぐった。遥か昔、拭えなかった涙を…。

カイにはまだ実感というものが湧かなかった。

だから、もっと、確かな証明が欲しかった。

それを求めることを、やっと自分に許してやれる時が来たのだ。
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