聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
第三章 そばにいること

「その御中(おなか)、満たされますことを祈って」

祭壇―ここでは神棚と呼ぶらしい―に向けて女が捧げ持つのは外側が黒い漆塗り、中が赤く塗られた器だ。その上には白いぷにぷにとした塊が乗せられている。

これが“餅”と呼ばれるもので、米から作られることをリュティアはもう知っている。食べるとそれが歯にくっつくことも。

「その御喉の渇き、癒されますことを祈って」

別の女が今度は陶器でできた小さな小さなコップ―ここではお猪口(ちょこ)と呼ぶらしい―に白い液体を満たしたものを、恭しく頭を下げながら神棚に捧げ持つ。

これは牛乳のように見えるが牛乳ではない。豆の乳、“豆乳”だ。

勿論、豆から牛のように乳が出るわけではない。―リュティアははじめて名前を聞いた時目を丸くして『ここでは豆が乳を出すのですか?』と聞いた―水に浸した大豆をひき砕き、水を加えて煮て、こした飲み物なのだということも、この一月の間にリュティアは学んだ。

これら米や豆を食べるということは、リュティアにとってそれだけで馴染みが薄く驚くものなのだが、さらに驚くことにここではこれらが様々な食べ物に姿を変える。

米からは酒、みりん、米酢などがつくられ、大豆からはみそ、しょうゆ、豆腐、きなこなどがつくられる。

ここにはリュティアが生まれた時から主食にしてきたパンというものが存在せず、米と豆と魚と野菜だけで生活を営んでいっているというのだから、すごいことだ。

豆一つ、米一つから様々なものをつくる暮らし方は、ここの女たちの生き方を端的に表しているように思う。女たちはたったひとつのことを大事にすることによって深く心を結びあい、広げ合って暮らしているのだ。

たったひとつのこと、それは“祈り”だった。
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