聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
『長き雨に 大地の悲鳴の声 上がる時 人々の祈り天まで高まりて 陽雨神笑う さすれば消えない虹 外つ大陸に 架かりたもう』

アクスは彼の故郷ピティランドで語り継がれていたという伝説を教えてくれた。

しかしリュティアは首をかしげるばかりだった。

『…どういう意味でしょう』

『詳しいことはわからない。だが陽雨神が関わっているのは間違いのないことだ。だから陽雨神に、会いに行ってみようと思う』

『神様に会えるのですか?』

『言い伝えが正しければ、な。陽雨神は“海の鏡の星”の世界から我々を見守っているとされる。新月の夜、海に星が鏡のように映りこむとき、その世界とこちらの世界がつながると言われている。ちょうど今夜が―――新月だ』

二人はさらさらと砂の流れる夜の浜辺に立っていた。闇の城から進路を南にとり、ピティランドに一番近い海のあるこの浜辺にやってきたのだ。

『一晩に一度だけ、海が鏡のように凪ぐ時があるという。その時を待つんだ』

二人は寄せては返す波を眺めながら砂浜に腰掛け、待った。ひたすらに待った。

東の空が白み始め、二人が諦めかけた頃、やっとその時が訪れた。

どこからかあたたかい南風がぶわりと吹き渡り海を撫で、海面が鏡の如く凪いだ。

『今だ…!!』

リュティアはアクスに手を引かれ海の鏡へと足を踏み入れた。不思議なことに今や海は本物の鏡のように固く、氷のようにつるつると滑った。

海の上を歩く。

この不思議な体験にリュティアが言葉をなくしているうちに、あたりの景色が一変していた。

気がつくと二人は藍色の夜空の中に浮かんでいたのだ。

いや、夜空のようで夜空ではない。

くらげが悠々と泳いでいるから海の中だ。けれど海の中のようで海の中ではないのだ。

手で触れられそうな近くから遥か頭上の遠くまで、きらきら瞬く無数の星々があたりを幻想的に照らしだしているのだから。

『ここは一体…』

思わず呟いたリュティアの声は反響した。
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