聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
―不安。不安と言うなら、リュティアほど不安を感じている者はいなかったろう。

聖具を三つとも破壊されてしまい、世界を守っていた聖なる力がいつまでもつかまったくわからない状況だ。そんな時だというのに今リュティアは仕方のないこととはいえ大切な祖国を離れて遠く異国にいるのだ。不安だった。今すぐにでも祖国に飛んで帰り皆の無事を確かめたかった。

だが、不安に負けてしまいたくなかった。

不安が生み出すものが、さらなる不安だけだということを、リュティアは感覚で知っていたのだ。それは自分が自分に負けるということ。

だからリュティアは彼女たちを少しでも不安から遠ざけたくて、静かに口を開いた。

「大丈夫です、ハナさん、皆さん。私とアクスは、そのためにここにいるのです。アクスが必ずみんなの祈りの力を集めてくれます。そして私が陽雨神様を説得します」

ピティランドに辿り着いてしまってからのこの一か月、ハナをはじめとするプレニア族の女たちは本当にリュティア達によくしてくれた。

何もかもに慣れないリュティアに根気よく親切丁寧に食べ物の食べ方や火鉢の使い方、生活の大切なことを教えてくれた。彼女たちへの感謝の想いはとても言葉にできるものではない。

―今度は私が皆さんにお返しする番。

リュティアは集まった女たちの顔一人一人に、順番に視線を走らせた。感謝の想いを注ぐように。そして自分の決意をわかってもらえるように。

「今夜は新月です。私は今夜、もう一度陽雨神様にお会いするつもりです。お約束します。必ず陽雨神様の笑顔を、陽射しを、取り戻してみせると」

一刻も早く世界に消えない虹を架けること。

それがピティランドの人々も、エルラシディア大陸の人々も、すなわち世界を、救うことになる。

だからリュティアは、負けていられないのだ。不安にも、自分にも。
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