聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
―やはり武術大会に出るしかないのか。そして優勝して祈りを願うしかないのか。しかし力第一の思想から祈りある暮らしに立ち返ってほしいのに、力でおさえつけて祈らせるなど間違っていないか。

―サーレマー、お前なら、どうする。

物思いに耽りながら歩き、気がつくとアクスは実家のサーレマーの部屋にたどりついていた。

ハナは彼の思い出を振り切ることができず、彼がいた頃のまま、いっさい手つかずのままに部屋を残してある。

ベッドはサーレマーが慌てて抜け出した形のまま。質素な木の机の上には開かれたままの聖歌の楽譜と、近所の子供のために縫っていたのだろう、針が刺さったままの子供服が置かれている。本棚には祈りの聖句の書と、餅作りの秘伝書がずらりと並んでいる。

いきいきとこの部屋で暮らすサーレマーの幻を脳裏に描きながら、アクスは誘われるように机の引き出しを開ける。そこには彼の日記が入っているのだ。

過去のサーレマーが、何か教えてくれるのではないかという気がした。

だからアクスはページをめくった。

『―三度目に陽雨神様に会った時、陽雨神様は泣いていらっしゃいました。その涙があまりにも切なげだから、私は彼を置いて帰ることができませんでした。何もできない私ですが、そばにいることだけならできると思ったのです。それから一ヶ月間、私は海の鏡の星の世界で陽雨神様と共に過ごしました。陽雨神様が笑ってくださったとき、どんなに嬉しかったか。陽雨神様は命の輝きや喜びを思って笑われるのだと仰いました、そのことを私が思い出させてくれたのだとも仰いました。そして初めて、私がつくった餅を食べてくださいました。その時、あまりにも嬉しくて、私は約束いたしました――』

―約束…?

アクスは引き込まれ、日記の続きに目を走らせる。その瞳が驚愕に見開かれ、やがてらんらんと輝きを帯び始める。

「…これだ!!」

アクスは叫ぶと、日記を手に居間のハナのところへ駆けた。

「ハナ、女たちを集めてくれ」

「若?」

「大会までまだ二週間ある。皆でやれば間に合うはずだ。力を貸してくれ!」
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