シーソーゲーム
 なぜ岸は突然、瀬上君などと言ったのだろうか。俺は罵声を浴びせられたようで動揺し、当惑した。

「そ、なの。どっしよっか」

 岸は俺と目を合わせる気はさらさらないらしく、無言で口をつむぎ、誰も座っていない隣の席を見ていた。

 店員が注文したとおりのコーヒーを持ってきても、この中でまた新たに注文をすることはできなかった。

 結局、店を出るまでに岸が話したことは会計しようということだけで、そのまま席を立ち、俺はその後についていく。会計はそれぞれが飲んだものをそれぞれが払うだけ。

 そして暗中模索の街散策が始まった。久しぶり来た街なのに、有意義に楽しく過ごそうという気が起こらない。それに散策という言葉も似合わない。散歩だというわけではない。ましてシャドウショッピングという名目は取りとめもなければ土台さえもない。ウォーキングさえもない。ウォーキングなら、歩くことが目的であるからだ。俺たちは違う。ただ、歩いているだけだった。

 いくら歩いたか。ただ無言の気まずい雰囲気を背に連れて、まるで死人がここを歩いているかのように思えた。それか、隔絶された空間、四次元や周囲の人には見えない場所にいて、周りの人間は何を話しているのか分からない。大衆で話していて分からない。むしろ、聞こえない。

 すると岸はつぶやいた。それは俺の耳まで届くのには小さすぎたが、小鳥の囁きの如く、澄まされた声は空気の波に乗って入ってきた。

「…ない」

 何を言ったかは分かった。しかし俺にどうしろと言うのか分からない。

 すると岸はきびすを返して俺の横を通った。駅に向かっていることはすぐに分かった。俺もその後に続いた。

 電車の中も無言。かろうじて隣同士であったが、それは逆にあってはならないシチュエーションである。俺と岸の間に、ねずみ一匹でも座れる間隔があった。

 住み慣れた街に降り立ち、改札口を岸の後ろから追うようにして通過し、集合場所と同じ、噴水の前で別れようとしていた。

 今日という一日。一体なんだったのだろうか。

「じゃあね…」

 岸が言う。

「ああ。じゃ…」
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