シーソーゲーム
「何で…何で私のことを、名字で呼ぶの?何で…何で滝川アズサのことを、アズサって呼ぶの?幼馴染だから?私が転校生だから?私はリョウ君って呼んでる。あなたはどう。私のことを何て呼んでる。岸さん。え、何?岸さん、だよ。分かる?聞こえる?私はリョウ君って呼んでる。いつになったら私のことをルイって呼んでくれるか。今日、試したわけじゃないけど、言ってほしかった。それが一度だけでもいい。間違えたって付け加えてもいい。何で…何で…どうしてアズサだけなの…」

 岸は泣き出していた。唇を震わせ、恐ろしいものでも見るような目で俺を直視できないでいた。もしかすると、できないでいるのではないのかもしれない。見たくないのかもしれない。それはつまり、乱れた自分を俺に見せてしまったから故の行為なのかもしれない。

 そうか。岸は名前で呼んでほしい。だから怒った。アズサのことは名前で呼んでいるのに、岸のことは呼んでいない。しかも期待していた。いつか名前で呼んでくれることを願っていた。

 きっと岸は不公平であるのが理不尽に思い、嫌なのだなと思った。

「そうか…」

 すると風は吹き、その風は音も時間も持ち去っていった。ただ眩いほどの夕陽が目に感ぜられるのみであった。

 こんな時、何と言えばいいのか。とりあえず、謝っておくべきか。

「悪いな。何か…」

「それだけ…?」

 岸は目線を変えないまま、まるで次の言葉を期待していないように言う。風が彼女の髪をなびかせて、涙は頬に筋を伸ばした。下唇を噛み、目の先にある自分の存在を眺めている。

 彼女の求めているものは何か。今の彼女を救えるものは分かっている。だが急に、俺がアズサのことを名前で呼んでいたことを恥ずかしくなってきた。それと同じように、さらに初めて言うということで、岸のことを名前で何て呼べない。誰もいない。それはいいのだが、岸に聞こえるということが一番の重圧だった。

 俺は切り出せないでいた。彼女は風になびかれるだけで動かなかった。

 影が突然長くなったように思えた。

 すると、岸は言う。

「私、帰るね」
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