TRIGGER!
☆  ☆  ☆



 夕方。
 一般のサラリーマンならもう仕事は終わり、家路につく時間帯。
 だが昼間の太陽は西に傾きかけ、ここから車で15分くらい走った場所にある海に沈もうとしていた。
 だが、繁華街は今ようやく起き出したとばかりに、ポツリ、ポツリとネオンを灯し始める。
 川面に映る色とりどりの光。
 峯口自身も、ようやく落ち着ける時間帯に差し掛かろうとしていた。
 社長室のドアが開いたのは、そんな時だ。


「呼んだか?」


 どかどかと社長室に踏み込んだかと思うと、来客用の革張りのソファーに腰を下ろし、背もたれに両肘を掛けるとこっちを斜めから見上げる女。
 それでも構わずに、峯口はネクタイを緩めると、その女に笑顔を向けた。


「どうだ、肉体労働は。いいだろ、お天道様の陽の下で汗水流して働くってのも」


 あくまでにこやかに、温和に話を進めようと思うのだが。
 女は嫌悪感丸出しで、こっちの話などまるで聞いていないようだった。
 その代わり、後ろのポケットからタバコを取り出すと火を点けて。


「これから飲みに行くんだよ。用があるなら早めに願いたいね」
「それもいいな。どうだ、一緒に行くか?」


 あくまで好意として誘っているのだが。
 女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「勘弁してよ。お目付けと一緒に飲むくらいなら、ウチでミルクでも飲んでた方がマシだよ」
「ガキはおうちでミルクがお似合いだぜ」
「あぁ!?」


 峯口は来客用ソファーに近付くと、女の隣の肘掛けに座る。
 警戒心丸出しで、こっちを睨み付ける女。


「彩香」


 女の名前を、峯口は呼んだ。
 二ヶ月前、クラブ“AYA”でこの女が暴れ、警察署に連行されてから。
 案の定すぐに身元引受人として女を引き取るように、高田から峯口のもとに連絡があった。
 女は警察署ではダンマリを決め込んで、ともすると警察官を襲ってまでも脱走しようとする始末。


「面倒くせぇから、テメェんとこで引き取れ、今すぐにだ」


 脱走されて警察の威信にかかわるよりも、適当に処理をしてさっさと帰してしまった方がいいと。
 元々この街では警察の威信なんて、誰も問わないのだが。
 かといって、女は名前すら白状せずに、苦肉の策で身元引受人の峯口が急遽付けた名前が、彩香という名前だった。
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